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闇金の由来と歴史―090金融を一つの大きな分岐点として、現代の闇金融が複数の擬態に分化した

「闇金の由来と歴史」をテーマに、左側に電柱のビラや街金、名簿営業など090金融以前の姿、中央に携帯電話と銀行振込による090金融、右側にソフト闇金、SNS個人間融資、給与ファクタリング、先払い・後払い現金化など現代の闇金融を配置し、闇金が時代に合わせて姿を変えてきた流れを表したアイキャッチ画像。

「闇金はいつ生まれたのか」と聞かれると、答えるのは意外に難しい。

金を貸して利息を取る「高利貸し」そのものは昔から存在する。しかし、昔の高利貸しをそのまま現代の闇金と呼ぶのは少し違う。

「闇金」という存在が成立するためには、まず社会に「合法的な貸金業」という枠組みがあり、その外側で無登録営業や違法な高金利による貸付けを行う者が存在しなければならない。

つまり闇金とは、正規金融とはまったく無関係な世界から突然生まれたものではない。

むしろ、正規の金融制度が形成され、その金融からこぼれ落ちる人が生まれたとき、その外側にできる金融の影と考えた方が分かりやすい。

そして日本の闇金の歴史を追っていくと、一つの大きな転換点に突き当たる。

それが「090金融」である。

090金融は闇金を発明したわけではない。

しかし、携帯電話と銀行振込を組み合わせることで、それまで地域性の強かった違法金融を非対面化・全国化した。そして、その仕組みはインターネット時代になるとさらに姿を変え、ソフト闇金、SNS上の個人間融資、給与ファクタリング、後払い現金化、先払い買取現金化などへと分化していった。

本稿では、闇金の歴史を「新しい業態が次々と誕生した歴史」ではなく、

同じ本質を持つ違法金融が、その時代の法律、通信技術、集客方法に合わせて擬態してきた歴史

として考えてみたい。

闇金の由来と歴史を時系列で整理した表。戦後から1970年代の高利貸し・悪質貸金、1970〜1990年代の街金・サラ金の拡大、1990年代後半〜2000年代前半の090金融、2000年代後半〜2010年代のネット闇金・ソフト闇金、2010年代以降の個人間融資や給与ファクタリング、先払い・後払い現金化などへの分化を示している。090金融を大きな分岐点として、闇金が集客方法や通信手段、契約名目、呼び名を変えながら擬態してきた流れを表している。

高利貸しと闇金は同じなのか

金を貸し、元金より多く返してもらう行為自体は非常に古い。

しかし、高い利息を取る者が存在したからといって、それだけで現在いうところの「闇金」が成立するわけではない。

現代の警察当局は、無登録営業、高金利、貸金業に関連した詐欺・暴行・脅迫などを「ヤミ金融事犯」として扱っている。つまり闇金とは、単純な「金利の高い金貸し」ではなく、近代的な貸金業規制の外側で営業する違法金融という性格が強い。

この意味では、闇金は正規金融と対極にある存在でありながら、同時に正規金融なしでは生まれない。

銀行や正規の貸金業者は、返済能力や信用を審査する。

当然、その結果として「貸せる人」と「貸せない人」が生まれる。

しかし正規金融から断られたからといって、その人の資金需要まで消えるわけではない。

生活費が必要な人もいる。事業資金が必要な人もいる。別の借金の返済期限が迫っている人もいる。

そこに、

「他で断られた人でも貸します」

という金融が入り込む。

闇金の根には、常にこの**「信用の空白」**がある。

サラ金・街金の拡大と、その外側

戦後の日本では、個人向けの無担保融資市場が拡大し、サラ金、消費者金融、街金と呼ばれる業者が大きな存在になっていった。

もちろん、サラ金や街金そのものが闇金だったわけではない。

登録し、法律に従って営業する貸金業者であれば合法である。

しかし消費者向け貸金市場が巨大になれば、それだけ借り手も増える。

複数社から借金を重ね、さらに別の会社から借りて返済する多重債務者も生まれる。

やがて正規業者から追加融資を受けられなくなった人たちが、さらに外側の金融へ向かう。

ここに闇金の大きな市場が形成された。

だから、「街金がそのまま闇金になった」と単純化するのは正確ではないが、サラ金・街金を含む巨大な消費者金融市場の周辺から闇金が成長したと見ることはできる。

そして1990年代から2000年代初頭にかけて、この地下金融の姿を大きく変える道具が普及する。

携帯電話である。

090金融は闇金から「店」を消した

2000年代初頭、「090金融」という言葉が広く知られるようになる。

警察当局が説明する典型的な090金融は、事務所を構えず、チラシなどに携帯電話番号と業者名だけを掲載し、携帯電話を連絡手段として法外な高金利で小口融資や取り立てを行うものだった。

これは、それ以前の金貸しと比べて大きな変化だった。

従来の貸金業であれば、店、事務所、固定電話、地域の人間関係など、何らかの物理的な拠点が重要だった。

ところが携帯電話なら、電話番号そのものを店舗にできる。

電柱や駐車場、フェンスなどに、

「即日融資」
「ブラックOK」
「他店で断られた方」

といったチラシを貼り、携帯番号だけを記載する。

利用者から電話が入れば、その場から営業できる。

実際に警察庁は、携帯番号を書いた看板やチラシで客を勧誘し、携帯電話で連絡を受け、路上で融資していた事件を記録している。

そして銀行振込が加わると、さらに一段階進む。

電話で申し込ませ、口座へ振り込み、返済も銀行振込で受け取る。

これなら、業者と利用者が一度も対面する必要すらない。

2002年には、主に多重債務者へダイレクトメールを送り、銀行振込で貸付けと取り立てを行い、約1,700人に違法な高金利で貸し付けていた業者が摘発されている。

つまり携帯電話は、闇金を生んだのではない。

携帯電話は闇金から「店」を消し、銀行振込は闇金から「対面」を消した。

そしてその結果、闇金は地域の商売から全国を相手にできるビジネスへ変わった。

090金融を支えた「多重債務者名簿」

では、全国にいる「金に困っている人」をどうやって見つけたのか。

ここで重要になるのが名簿である。

当時の警察資料には、闇金業者が多重債務者名簿を使って融資を勧誘していた事件が何度も登場する。

2004年の事件では、無登録貸金業者らが多重債務者の名簿を基に勧誘し、約9,800人へ高金利で約7億9,600万円を貸し付けていた。

さらに2008~2009年ごろの事件では、よりはっきりと**「名簿屋から購入した多重債務者名簿」**を基に全国へダイレクトメールを発送していたことが警察庁の白書に記録されている。

これは非常に重要な事実である。

闇金にとって価値があるのは、一般的な住所録ではない。

「現在、金に困っている可能性が高い人」の情報である。

すでに複数社から借りている。正規金融から追加融資を受けにくい。それでも資金を必要としている。

こうした人の名簿は、闇金にとって極めて精度の高い見込み客リストになる。

ここで一つ疑問が残る。

名簿屋は、全国規模の多重債務者情報を一体どこから集めていたのか。

貸金業界やその周辺から情報が流れていたのではないか、という疑問は自然に生じる。

しかし、今回確認した公的資料から、「大手消費者金融などが組織的に審査落ち顧客の情報を闇金へ販売していた」という事実までは確認できない。

したがって、ここを史実として断定することはできない。

確認できるのは、名簿屋が多重債務者名簿を販売し、それを闇金が実際に購入して全国営業に利用していたというところまでである。

むしろ名簿屋は、情報そのものの発生源というより、さまざまな場所から集まった個人情報を集約し、再販売する「市場」のような存在だったと考える方が自然なのかもしれない。

2000年代初頭、闇金問題はピーク級の社会問題になる

090金融などが拡大した結果、2000年代初頭にはヤミ金融被害が深刻な社会問題になった。

警察庁によると、2002年中に検挙されたヤミ金融事犯は238事件、被害人員は約12万2,000人に達し、当時の統計開始以降で最多だった。貸付けは3万~5万円程度の少額が多く、年利換算で数百~数千%という極端な金利も常態化していた。

そして2003年、いわゆる「ヤミ金融対策法」が成立する。

登録制度の強化、高金利貸付けや無登録営業への罰則強化、無登録業者による広告・勧誘の規制、違法な取り立てへの規制強化などが行われた。

ここから警察、金融当局、金融機関、通信事業者などによる対策も強化されていく。

他人名義の携帯電話や銀行口座を利用する手口に対して、契約者確認や口座凍結なども進められた。

しかし、ここで闇金そのものが消滅したわけではない。

むしろ重要なのはここからである。

闇金は、次の環境に適応し始めた。

名簿から検索へ-ネットが集客を変えた

090金融の時代、闇金側から客を探す必要があった。

名簿を買う。

ダイレクトメールを送る。

電柱にビラを貼る。

電話をかける。

これはいわば「業者から客へ」の営業だった。

しかしインターネットが普及すると、この関係が逆転する。

金に困った人自身が、

「ブラックでも借りられる」
「即日融資」
「他社で断られた」
「個人融資」

などの情報を検索する。

SNSでも資金提供者を探す。

すると闇金側は、名簿を買って片っ端から電話しなくても、ウェブサイトやSNS上に入口を作っておけば、資金需要者の方からやって来る。

名簿によるアウトバウンド営業から、検索・SNSによるインバウンド集客への転換である。

090金融の本質は消えたわけではない。

携帯番号だった「店」が、ウェブサイトやSNSアカウントへ置き換わったのである。

ソフト闇金-「怖さ」を隠す

このネット時代に生まれた代表的な擬態の一つが、いわゆるソフト闇金である。

名称だけを見ると奇妙だ。

闇金なのに「ソフト」とは何なのか。

しかし集客という視点から考えると理解しやすい。

昔の闇金にとって「怖さ」は取り立ての武器だった。

ところがインターネットでは、怖そうな業者は申し込みの段階で避けられてしまう。

そこで、

「親切」
「安心」
「相談可能」
「柔軟な審査」

といった印象を作り、利用者の心理的な抵抗を下げる必要が生まれる。

つまりソフト闇金とは、闇金そのものがソフトになったというより、

闇金が「闇金らしい怖さ」を隠すようになった形態

と考えた方が本質に近い。

貸す側と借りる側の金銭関係そのものが根本から変わったわけではない。

変わったのは「見せ方」である。

SNS個人間融資-今度は「業者であること」を隠す

さらにSNSが普及すると、「個人間融資」という形が目立つようになる。

一見すると、困っている個人に別の個人が金を貸しているだけに見える。

しかし金融庁は、SNSやインターネット掲示板上の個人間融資について、個人を装ったヤミ金融業者による違法な高金利貸付けが存在すると明確に注意喚起している。反復継続する意思をもって貸付けを行えば、個人であっても貸金業に該当し得る。

ここで擬態はさらに一段進んだ。

090金融は業者の所在地を隠した。

ソフト闇金は怖さを隠した。

SNS個人間融資は、

「自分が貸金業者であること」まで隠す。

闇金という看板すら必要なくなったのである。

給与ファクタリング-「貸付けであること」を隠す

その後、さらに興味深い形態が現れる。

給与ファクタリングである。

形式上は融資ではない。

利用者が将来受け取る給与債権を業者が買い取り、その代金を先に渡す。

業者側は、

「これは借金ではありません」
「ファクタリングです」

と説明できる。

しかし、法律は契約につけられた名前だけを見るわけではない。

金融庁は、個人の給与債権を買い取り、その個人を通じて資金を回収する仕組みについて、経済的に貸付けと同様の機能を持つとして貸金業に該当するとしている。

さらに最高裁も2023年、形式上は債権譲渡であっても、実質的には「返済合意がある金銭の交付」と同様の機能を持つ給与ファクタリング取引について、貸金業法・出資法上の「貸付け」に当たるとの判断を示した。

これは闇金融の歴史を考える上で非常に象徴的である。

今度は業者の正体だけではない。

「これは貸金である」という取引の正体そのものを隠し始めた。

後払い・先払い現金化-商品売買の中へ貸付けを埋め込む

同じ方向に進んだものとして、後払い現金化や先払い買取現金化がある。

後払い現金化では、形式上は商品を後払いで購入し、キャッシュバックや買取りなどの名目で先に現金を受け取る。

警察庁は、形式的に商品売買であっても、その経済的実態が貸付けであり、業として行われている場合には貸金業に該当するおそれがあると注意喚起している。

先払い買取では、業者が商品を買い取るとして先に現金を渡し、後からキャンセル料や違約金などの名目でより大きな金銭を受け取る。

こちらについても警察庁は、商品売買を装っていても経済的実態が貸付けであれば貸金業に該当する可能性があるとしている。

ここまで来ると、「闇金」という言葉すら表面上ほとんど見えなくなる。

しかし資金の流れに注目すると、

今、利用者へ金銭を渡す。
後日、それを上回る金銭を利用者から回収する。

という構造が現れるケースがある。

名称が、

利息から手数料へ、

返済から商品代金へ、

貸付けから債権買取へ、

そして違約金やキャンセル料へ変わっても、経済的実態が貸付けなら法律上も貸金として評価され得る。

だからこそ、形式を変えても貸金業法や出資法が問題になるのである。

090金融以後、闇金は本当に変わったのか

ここで最初の問いに戻りたい。

090金融以前と以後で、闇金は変わったのだろうか。

表面だけを見れば、大きく変わった。

電柱のビラはウェブサイトになった。

名簿屋のリストは検索やSNSへ置き換わった。

携帯電話はLINEやDMになった。

「闇金」という名前は「個人間融資」「ファクタリング」「先払い買取」などへ変わった。

しかし、一段深いところを見ると、驚くほど変わっていない。

正規金融から借りにくい人が存在する。

その人たちには切迫した資金需要がある。

そこへ正規金融より圧倒的に高いコストで資金を提供する者が現れる。

返済できなければ、さらに生活が苦しくなる。

この基本構造は、090金融以前から現在までほとんど変わっていない。

変わったのは、

誰を狙うかではなく、どう見つけるか。
金を貸すことではなく、どう見せるか。
回収することではなく、何という名目で回収するか。

なのである。

090金融は「誕生点」ではなく「巨大な分岐点」だった

090金融を闇金の始まりと考えるのは正確ではない。

違法な高利貸しは、それ以前から存在した。

また、090金融以降のすべての業態が直接そこから派生したと証明できるわけでもない。

それでも090金融を大きな分岐点として捉える意味はある。

携帯電話と銀行振込によって、

地域性を弱め、
店舗を不要にし、
非対面で、
全国の資金需要者を相手にする

という現代型闇金融の基本モデルが完成したからである。

そしてインターネット時代になると、そのモデルが複数方向へ分化した。

一方では、闇金であること自体は隠さず、親切・安心を演出するソフト闇金へ。

一方では、業者であることを隠すSNS個人間融資へ。

さらに、貸付けであることそのものを隠す給与ファクタリングへ。

そして商品売買という外形の中へ資金提供と回収を組み込む後払い現金化・先払い買取現金化へ。

こう考えると、現代の闇金融は一本の直線上に進化したのではない。

090金融という大きな分岐点を経て、それぞれが別の「擬態」を獲得しながら枝分かれしていった。

闇金は消えたのではない。時代に合わせて擬態した

闇金の歴史を振り返ると、「新しい犯罪が次々に発明された」というより、もっと単純な姿が見えてくる。

闇金は、その時代で最も客を集めやすく、最も警戒されにくい姿へ変わってきた。

街頭で客を集める時代には電柱のビラを使った。

携帯電話が普及すれば090金融になった。

名簿を入手できれば多重債務者へ直接営業した。

インターネットが普及すれば検索から客を集めた。

SNSが普及すれば個人を装った。

「闇金」という言葉への警戒が強まれば「ソフト」を付けた。

貸金業への規制が強ければ、「債権買取」「商品売買」「後払い」「先払い」という別の契約形式をまとった。

しかし、その中心に存在するものは変わらない。

正規金融からこぼれた資金需要を、高コストの資金供給で埋める。

闇金の本質をそこに見るならば、その歴史は「高利貸しが消えてソフト闇金が生まれた歴史」ではない。

高利貸しの本質を持つ違法金融が、社会の変化と規制、そして通信技術に適応しながら、何度も名前と姿を変えて生き残ってきた歴史である。

090金融は、その長い歴史の中で闇金そのものを変えたわけではない。

しかし、闇金を全国化・非対面化し、その後のネット型金融犯罪へつながる土台を作ったという意味で、一つの巨大な分岐点だった。

そして現在、「闇金」という名前だけを探していては、その全体像は見えなくなりつつある。

闇金融は消えたのではない。

闇金と名乗る必要すらなくなったのである。

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