私は60代で、建設業の個人事業をしている。
若い頃からずっとこの業界で働いてきた。
最初は自分一人だったが、仕事が増えるにつれて人を雇うようになり、長い付き合いの取引先もできた。
大きな会社ではない。
それでも、自分なりに何十年もかけて築いてきた会社だった。
従業員にはできるだけ迷惑をかけない。
約束した支払いは守る。
現場では信用を落とさない。
それだけは大事にしてきたつもりだった。
そんな私の人生がおかしくなったきっかけは、一つの大口取引先の倒産だった。
その会社からは、まとまった工事代金が入ってくる予定だった。
すでに工事は終わっている。
材料代も払っている。
人件費も発生している。
あとは入金を待つだけだった。
ところが、突然その元請け会社が倒産した。
当然、予定していた金は入ってこない。
「参ったな……」
最初は、それでも何とかなると思っていた。
これまでだって資金繰りが苦しい時期はあった。
仕事を続けていれば、別の現場から入金がある。
少し我慢すれば乗り切れる。
そう思っていた。
だが今回は違った。
支払わなければならない金額が大きすぎた。
材料費、外注費、車両関係の支払い。
そして何より、従業員の給料がある。
急場をしのぐには50万円ほど必要だった。
しかし、消費者金融などからの借入もすでに限界に近かった。
年齢も60代。
銀行へ相談したところで、今日明日に50万円が出てくるわけではない。
私は会社のパソコンの前でしばらく考えた。
そしてGoogleの検索窓に、
「闇金 自営業」
と入力した。
今でも、その文字を覚えている。
もちろん闇金がどういうものかくらいは知っていた。
危ない。
金利が高い。
返済できなくなれば面倒なことになる。
そんなことは分かっていた。
ただ、そのときの私には、
「会社を止めるわけにはいかない」
という気持ちのほうが強かった。
検索結果を見ていくと、「自営業者専門」と書かれた業者が目に入った。
自営業専門。
その言葉に引っかかった。
「こっちの事情を分かってくれるのかもしれない」
そう思ってしまった。
問い合わせをして、事情を説明した。
本当は50万円必要だった。
だが初回利用なので、30万円までしか出せないと言われた。
条件は10日で2割。
高いとは思った。
それでも30万円を借りられることになった。
金が振り込まれたとき、恐怖よりも安心のほうが大きかった。
「本当に借りられた」
その感覚がまずかった。
あと20万円足りない。
私はその日のうちに別の闇金を探した。
一度借りられたことで、妙な自信がついていた。
「もう20万くらいなら、どこか出すだろう」
実際、2社目から20万円を借りることができた。
こちらは10日で3割だった。
こうして私は、たった一日で2社から合計50万円を借りた。
必要だった金額は揃った。
材料代を払い、仕事を止めずに済んだ。
そのときは本気で思っていた。
「これで助かった」
10日後、別の現場から少し入金があった。
私は金利の高い20万円の業者を先に完済した。
そして30万円の業者については、6万円の利息だけを払い、返済を延長した。
一社完済できたことで、少し安心した。
「あと30万だけだ」
今考えれば、元金はほとんど減っていないのに、自分では順調に整理できているつもりだった。
ところが、その直後に新しい現場が入った。
仕事はありがたい。
しかし、建設業は仕事が決まったからといって、すぐ金が入るわけではない。
先に材料が必要になる。
手元に、その材料を買う金がなかった。
そこで私は、一度完済した20万円の業者に再び連絡した。
今度は30万円。
条件は、30万円のうち9万円を先に引かれ、実際に振り込まれるのは21万円だった。
それでも私は借りた。
「21万あれば材料は買える」
頭にあったのはそれだけだった。
こうして、また借入は2社になった。
30万円。
もう一社も30万円。
完済しようと思えば合計60万円が必要になる。
次の入金はあった。
だが思っていたほど多くなかった。
材料代も必要だった。
燃料代もかかる。
現場を止めるわけにもいかない。
結局、2社とも利息だけを払った。
そして次の10日も同じだった。
また次も同じ。
仕事をして金が入っているはずなのに、なぜか金が残らない。
当たり前だった。
入ってきた金の一部が、10日ごとに闇金への利息として消えていたからだ。
それでも私は、
「次の大きな入金が来れば終わる」
と思い続けていた。
だが、ついに2社分の利息と材料代を同時に払えなくなった。
私は3社目を探した。
もう最初の頃のような抵抗感はなかった。
他社で返済実績があったこともあり、3社目では大きな金額を提示された。
完済額50万円。
10日2割。
実際に振り込まれたのは40万円だった。
40万円が口座に入った瞬間は、また少し安心した。
だが3社を合わせれば、完済に必要な金額は110万円。
10日ごとの利息も、とんでもない額になっていた。
そこでようやく私は電卓を何度も叩くようになった。
「こんなに払ってるのか……」
仕事をしても仕事をしても、金が残らない。
そしてついに、やってはいけないことが起きた。
従業員への給与振込が遅れた。
給料日の朝、ネットバンキングを開いた。
残高が足りなかった。
従業員から電話が来た。
「社長、まだ給料入ってないんですけど」
私は、
「悪い。入金が少し遅れてる。必ず払うから待ってくれ」
と答えた。
元請けの倒産が原因なのは嘘ではない。
しかし、闇金への利息で金が消えていることは言えなかった。
これまで何十年も仕事をしてきて、従業員の給料だけは遅らせたくないと思っていた。
その一線を越えたことが、一番堪えた。
次の入金があったとき、私は真っ先に未払いだった給料を支払った。
従業員には家庭がある。
自分のせいで生活を狂わせるわけにはいかない。
給与をすべて振り込んだ。
そのことに後悔はなかった。
ただ、今度は闇金3社へ払う利息がなくなった。
私はとうとう、同業の社長たちに頭を下げた。
長い付き合いのある人たちだった。
元請けが倒産したこと。
資金繰りに詰まったこと。
そして闇金から借りてしまったこと。
恥ずかしかったが、全部話した。
何人かが金を貸してくれた。
「今回だけだぞ」
そう言われながら、最終的に110万円を集めることができた。
これで全部終わる。
3社すべて完済できる。
本当にそう思った。
ところが私は、そこで馬鹿なことをした。
何か月も金のことばかり考えていた。
仕事をして、返済を考えて、また仕事をする。
遊びにも行っていなかった。
そのストレスが一気に出たのだと思う。
「少しくらいならいいだろう」
そう思ってキャバクラへ行った。
久しぶりの酒だった。
気が大きくなった。
延長した。
見栄も張った。
気がつけば20万円使っていた。
翌朝、自分でも信じられなかった。
110万円あった返済資金は90万円になっていた。
「俺は何やってるんだ……」
従業員の給料に使ったわけではない。
材料を買ったわけでもない。
ただ遊んで20万円使った。
もう同業者に、
「あと20万円貸してくれ」
とは言えなかった。
そこで私は、また闇金から金を借りた。
今思えば異常だ。
闇金を完済するために集めてもらった金を使い込み、その不足分を埋めるため、再び闇金から借りたのだ。
やがて闇金への返済と、金を貸してくれた同業者への返済が重なった。
当然、払えなかった。
同業者には、
「悪い。もう少し待ってくれ」
と頭を下げた。
闇金にも支払いを待ってくれと頼んだ。
毎日考えていることは、仕事ではなくなっていた。
今日は誰に払うのか。
誰を待たせるのか。
どこから金を持ってくるのか。
そればかりだった。
そして返済が遅れて15日ほど経った頃、闇金が動き始めた。
申込時に伝えた内容や仕事関係を調べ、取引先へ電話をかけ始めた。
「本人と連絡がつかない」
そんな理由をつけて、仕事でつながっている業者へ連絡する。
取引先から私に電話が来た。
「変なところから電話来たぞ」
「何か金で揉めてるのか?」
「うちの番号、なんで知ってるんだ?」
恥ずかしかった。
何十年もかけて作ってきた信用が、一瞬で傷ついていくような感覚だった。
私は闇金の担当者へ電話し、怒鳴った。
「関係ない取引先に電話するな!」
「金の話なら俺に直接しろ!」
「仕事を潰す気か!」
しかし、その怒りは完全に裏目に出た。
電話を切った直後、闇金は別の取引先へ連絡した。
また電話が鳴った。
また別の取引先。
また別の業者。
私が怒れば怒るほど、周囲に知られていくような感覚だった。
もう隠せなかった。
噂は広がった。
「あそこの社長、闇金に手を出しているらしい」
取引先の態度も変わった。
それ以上につらかったのは、従業員たちが不安になり始めたことだった。
一人が辞めた。
また一人辞めた。
「社長、悪いですけど、家族もいるんで」
そう言われても、引き止められなかった。
給料を遅らせたことがある。
取引先には変な電話が来る。
社長は金銭トラブルを抱えている。
従業員からすれば、怖くなるのは当然だった。
そして最後の一人も辞めた。
気づけば従業員は0人。
事務所にいるのは私一人だけになっていた。
少し前までは、朝になると従業員が来て、今日の現場を確認し、道具を積んで出ていった。
電話も鳴っていた。
誰かの笑い声もあった。
それが全部なくなった。
静かな事務所で、一人で椅子に座っていた。
「こんなはずじゃなかったんだけどな……」
始まりは、大口の元請けが一社倒産したことだった。
それだけだった。
その穴を埋めるために50万円必要になった。
正規の借入は限界。
会社を守りたかった。
従業員を守りたかった。
だから私は会社のパソコンで、
「闇金 自営業」
と検索した。
たった50万円だった。
それが1社から2社になり、3社になった。
利息を払うために働いた。
闇金を返すために別の闇金から借りた。
従業員の給料を遅らせた。
同業者に頭を下げた。
せっかく集めてもらった110万円のうち20万円を遊びに使った。
返済が遅れ、取引先に電話をかけられた。
信用を失った。
そして従業員まで全員いなくなった。
何十年もかけて築いたものが、短い期間で崩れていった。
最後には、自分一人ではどうにもならなくなった。
私は闇金問題に詳しい弁護士へ相談した。
もっと早く相談していればよかったのかもしれない。
ただ、そのときの私は、
「自分の商売の問題くらい自分で何とかする」
という意地があった。
それが完全に限界になるまで、人に助けを求められなかった。
弁護士が間に入り、闇金側との交渉が行われた。
最終的には支払いについて分割で和解することになった。
取引先への連絡は止まった。
携帯電話が鳴るたびに闇金ではないかと怯える生活も、少しずつ終わった。
ただ、それですべてが元通りになったわけではない。
仕事はほとんどなくなっていた。
従業員はいない。
取引先の中には今でも距離を置いているところがある。
60代になってから、もう一度一から会社を作り直すのは簡単ではない。
少ない仕事を一人でこなし、その中から生活費を出している。
そして今も、和解した支払いを分割で続けている。
生活は苦しい。
昔のように遊びに行く余裕もない。
毎月、入ってきた金を見て、
今月はいくら払えるか。
生活費はいくら残せるか。
それを計算する。
昔は従業員の給料や現場の予定を考えていた。
今では自分一人の生活を維持することで精いっぱいだ。
問題は一応、解決した。
でも人生まで元に戻ったわけではない。
今でも時々、会社のパソコンの前に座っていたあの日を思い出す。
検索窓に入力した、
「闇金 自営業」
という文字。
あのとき必要だったのは50万円だった。
私はその50万円で会社を守ろうとした。
ところが結果的には、その50万円をきっかけに、会社も、人も、信用も失った。
もちろん、すべてを闇金だけのせいにするつもりはない。
追い詰められていたとはいえ、借りると決めたのは自分だ。
完済するために借りた金を遊びに使ったのも自分だ。
何度も引き返せる場所はあったのだと思う。
それでも私は、
「次の入金があれば何とかなる」
と考え続けた。
一つの大口取引先の倒産から始まった資金難。
正規の借入が限界だったことをきっかけに闇金へ手を出し、そこから人生の歯車は完全に狂った。
闇金との問題は和解した。
だが、失った信用や仕事、人間関係まで和解で戻ってくるわけではない。
その代償を、私は今も毎月少しずつ払い続けている。





