「1週間だけなら大丈夫だろう」
あのときの自分は、本気でそう思っていた。
闇金が危険なことくらい知っていた。
高い利息を取られることも、返済が遅れれば取り立てを受ける可能性があることも、ニュースやネットの記事で何度も見たことがある。
それでも俺は借りた。
まさか、たった数万円の借り入れが原因で、昼間の仕事まで辞めることになるとは思っていなかった。
仕事が終わればパチンコ。それだけの日常だった
俺は独身の会社員だった。
彼女はいない。
結婚する予定も特にない。
仕事が終われば、そのまま家に帰る日もあったが、ほとんどの日はパチンコ屋に寄っていた。
勝つ日もあれば負ける日もある。
ただ、長い目で見れば当然負けていた。
給料が入れば家賃や光熱費を払い、残ったお金でパチンコ。
負ければ消費者金融。
そんな生活を何年も続けていた。
手取りは毎月23万円ほど。
決して高収入ではない。
それでも独身なら、普通に生活していれば多少の貯金くらいはできたのかもしれない。
しかし俺の口座には、給料日前になるとほとんどお金が残っていなかった。
消費者金融からの借り入れも増えていた。
いつの間にか、正規の貸金業者からこれ以上借りることが難しい状態になっていた。
それでも俺は、そこまで危機感を持っていなかった。
毎月給料が入る。
仕事さえしていれば何とかなる。
そう考えていた。
酔った勢いで起こした器物破損
生活が大きく変わったのは、ある日の飲み会だった。
その日はかなり酒を飲んでいた。
帰宅途中、些細なことで腹を立て、酔った勢いで物を壊してしまった。
完全に自分が悪かった。
後日、修理費などの請求を受けた。
当然、払わなければならない。
ところが金がない。
貯金はほぼゼロ。
消費者金融もすでに限度額近くまで借りている。
親に頼ることも考えた。
しかし、両親はすでに年金生活だった。
俺は一人っ子だ。
兄弟もいない。
親戚に突然、
「物を壊したから金を貸してほしい」
なんて相談する勇気もなかった。
請求の催促は続いていた。
もちろん、それとは別に毎日の生活費も必要だった。
追い詰められた俺は、スマートフォンで金を借りられるところを探し続けた。
そして、あるサイトにたどり着いた。
「給料日まで1週間」という条件が頭から離れなかった
そこには短期間の融資を思わせる内容が書かれていた。
ちょうど給料日まで約1週間。
「1週間なら返せる」
そう思った。
闇金だということは、なんとなく分かっていた。
それでも、
「今回は緊急だから」
「給料が入れば終わる」
「1回だけ使えばいい」
自分にそう言い聞かせた。
申し込みをすると、話は驚くほど早く進んだ。
提示された条件は、
完済額7万円。
実際に振り込まれる金額は5万円。
利息1万5,000円。
手数料5,000円。
つまり7万円を借りる契約のように見えても、最初から利息と手数料が引かれ、手元に入るのは5万円だけだった。
冷静に考えれば異常な条件だ。
5万円しか受け取っていないのに、1週間後には7万円を返さなければならない。
それでも、その瞬間の俺が考えていたのは金利ではなかった。
「これで支払いができる」
ただ、それだけだった。
5万円が振り込まれた瞬間、安心してしまった
口座に5万円が振り込まれた。
俺はその金で器物破損に関する請求を支払った。
問題は無事に解決した。
肩の荷が下りた。
これで終わりだと思った。
1週間後には給料が入る。
そこで7万円を返せば、もう闇金とは関係がなくなる。
実際、給料日に俺は約束どおり7万円を完済した。
「これで終わった」
そう思った。
しかし、給料23万円から7万円を返した時点で、手元には16万円しか残っていなかった。
そこから家賃、光熱費、携帯代、食費。
さらに消費者金融への返済もある。
数字を見て、ようやく俺は気づいた。
「今月、これで生活できるのか?」
足りない金を増やそうとして、5万円負けた
普通なら、ここで節約すべきだった。
外食を控える。
パチンコにも行かない。
給料日まで残った16万円で生活する。
それが当然の選択だった。
だが、俺が選んだのは逆だった。
「少し増やせば楽になる」
そう思ってパチンコ屋へ向かった。
今考えれば、完全におかしい。
金がないから金を増やそうとギャンブルをする。
そして、その結果は当然のように悪い方向へ進んだ。
5万円負けた。
給料日の翌日。
手元に残ったのは約11万円だった。
まだ1か月は始まったばかりだった。
2週間後、俺は同じ闇金に連絡した
それから2週間ほど。
財布の中身は日に日に減っていった。
給料日はまだ先。
生活費も足りない。
そして俺は、以前借りた闇金の連絡先を眺めていた。
一度完済している。
返済実績もある。
前回も特に問題は起きなかった。
「また借りても、次の給料日に返せばいい」
最初に借りたときと同じことを考えていた。
連絡すると、再び同じ条件で借りることができた。
完済7万円。
振込5万円。
利息1万5,000円。
手数料5,000円。
一度目は器物破損の支払いという明確な理由があった。
しかし二度目は違う。
単純に生活費が足りない。
つまり俺はもう、この時点で闇金を生活費の補填として使い始めていた。
さらに別の闇金から3万5,000円
それでも足りなかった。
そこで俺は、別の闇金を探した。
二社目の条件は、
完済額5万円。
振込額3万5,000円。
利息1万円。
手数料5,000円。
また手元に現金が入った。
この瞬間だけは安心する。
しかし、その安心は借金によって作られた一時的なものだった。
次の給料日に返さなければならない金額は、
1社目が7万円。
2社目が5万円。
合計12万円。
手取り23万円の半分以上だった。
給料日なのに、残金は11万円
給料日が来た。
俺は考えた。
「利息だけ払って延長するのはもったいない」
「ここで全部返して終わらせよう」
そうして12万円を完済した。
23万円の給料。
12万円返済。
手元に残ったのは11万円。
また同じだった。
むしろ状況は悪化していた。
給料が入ったはずなのに、全然金がない。
これから家賃も払う。
生活費も必要だ。
消費者金融への返済もある。
当然11万円では足りない。
そして俺は、また闇金へ連絡した。
借りる。
給料日に返す。
生活費がなくなる。
また借りる。
同じことを繰り返すようになった。
「働くしかない」と深夜のアルバイトを始めた
さすがに俺も気づき始めた。
今の会社の給料だけでは、この状態から抜けられない。
借り続けても借金が増えるだけ。
なら収入を増やすしかない。
俺は昼間の会社が終わったあと、深夜の日雇いアルバイトを始めた。
倉庫作業。
搬入。
荷物運び。
できる仕事は何でもやった。
昼は本業。
夜はアルバイト。
数時間だけ寝て、また会社へ行く。
最初の数日は、
「これなら返せるかもしれない」
と思った。
しかし、俺はもともと体力がある人間ではなかった。
眠気が取れない。
体が重い。
仕事中に集中できない。
休日はほとんど寝て終わる。
それでも闇金の返済日は待ってくれない。
結局、この生活は長く続かなかった。
ついに返済が遅れた
ある返済日。
どうしても金を用意できなかった。
初めて支払いが遅れた。
その日から状況は一変した。
スマートフォンに着信が入る。
何度も入る。
仕事中でも関係ない。
そして、会社にも連絡が来るようになった。
最初は会社の人も、
「何かの営業電話かな」
くらいに考えていたと思う。
しかし何度も連絡が来れば、さすがにおかしいと分かる。
職場で電話が鳴るたび、
「また俺のことじゃないか」
と体が固まった。
周囲の視線も気になった。
誰かが小声で話しているだけで、自分の話をされているように感じた。
会社へ行くこと自体が苦痛になっていった。
上司にすべて話した
そんな状態を見かねたのか、上司から呼ばれた。
「何か困っていることがあるなら話してみろ」
最初は、
「大丈夫です」
と答えた。
でも大丈夫なわけがなかった。
俺はすべて話した。
ギャンブルで金を使っていたこと。
消費者金融からも借りていたこと。
器物破損の支払いのために闇金へ手を出したこと。
そして、その後も生活費が足りず、何度も借り入れを繰り返したこと。
上司は怒ることなく話を聞いてくれた。
そして、闇金問題を扱っている司法書士を教えてくれた。
もっと早く相談していればよかった。
心からそう思った。
司法書士に相談すれば全部ゼロになると思っていた
俺は司法書士へ相談した。
正直、そのときは、
「闇金なら払わなくてよくなるのではないか」
という期待もあった。
しかし、自分のケースでは単純にすべてがゼロになる形では解決しなかった。
話し合いの結果、毎月一定額を支払う形になった。
少なくとも、自分ひとりで闇金とやり取りを続ける状態からは抜けることができた。
ただ、取り立てによって職場に居づらくなったことは元には戻らなかった。
結局、俺は昼間の会社を辞めることになった。
今は夜間工事と日雇いで生活している
今の俺は、以前勤めていた会社にはいない。
夜間工事のアルバイトと、日雇いの仕事を組み合わせながら生活している。
収入も安定しない。
体力的にも楽ではない。
あの会社を辞めることになるなんて、闇金を最初に借りた日は考えもしなかった。
最初に借りた金額は、手元に入った5万円だった。
たった5万円。
しかも、
「給料日までの1週間だけ」
そのつもりだった。
それが、
生活費が足りない。
また借りる。
給料日に返す。
手元のお金が減る。
また借りる。
借入先が増える。
副業を始める。
体力が持たなくなる。
返済が遅れる。
会社に取り立てが来る。
仕事まで失う。
ここまで広がった。
一時の恥を避けた結果、もっと大きなものを失った
今になって一番後悔しているのは、最初に誰かへ相談しなかったことだ。
上司でもよかった。
同僚でもよかった。
友人でもよかった。
「金が足りない。困っている」
そう言えばよかった。
もちろん、金を貸してもらえるとは限らない。
断られたかもしれない。
怒られたかもしれない。
「ギャンブルをやめろ」
と言われたかもしれない。
それでも、闇金に申し込むよりははるかによかった。
当時の俺は、一時的な恥を避けたかった。
器物破損をしたことも知られたくなかった。
借金があることも知られたくなかった。
ギャンブルで金がないことも知られたくなかった。
だから誰にも相談せず、スマートフォンの中だけで解決しようとした。
その結果、最後には会社中に取り立ての電話がかかってきた。
隠そうとしたことが、一番知られたくない形で周囲に知られることになった。
闇金は「借りられた瞬間」だけを見ると便利に感じる
闇金を使ったことがない人からすれば、
「そんな高い利息なのに、なぜ借りるのか」
と思うかもしれない。
俺も昔はそう思っていた。
でも金に困っているとき、人間は利息よりも、
「今日いくら手に入るのか」
を考えてしまう。
5万円が必要なときに5万円を振り込んでくれる。
その瞬間だけを見れば、助かったように感じる。
しかし本当の問題はその後だ。
給料から返済する。
生活費が減る。
また足りなくなる。
さらに借りる。
一度この流れに入ると、自分の給料を前借りしているような状態が続いていく。
しかも、高額な利息や手数料が加わる。
給料日は生活を立て直す日ではなく、
「闇金へ返す日」
に変わっていった。
「1週間だけ」が人生を変えることもある
俺が闇金を借りた理由は、最初から遊ぶ金が欲しかったからではない。
器物破損の請求を払う必要があった。
支払いを放置することもできなかった。
確かに、切羽詰まっていた。
でも、その状況になった原因をたどれば、普段からパチンコに金を使い、貯金をせず、消費者金融の借り入れも限度近くまで増やしていた自分自身の生活にあった。
そして最後の選択を間違えた。
「給料日まで1週間だから」
「一度だけだから」
その考えで闇金に手を出した。
だが現実には、その1週間が次の借り入れにつながった。
闇金の本当の怖さは、一度借りただけで必ず何か事件が起きるということではない。
最初は普通に借りられる。
普通に返せることもある。
だからこそ、
「思ったほど怖くない」
「また困ったら使えばいい」
と思ってしまう。
俺もそうだった。
そして気づいたときには、自分の給料だけでは返済と生活を両立できなくなっていた。
闇金には絶対に手を出してはいけない。
それを今の俺は、以前とはまったく違う意味で理解している。
金がないことを誰かに話すのは恥ずかしいかもしれない。
借金を知られるのも怖い。
失敗を認めることも簡単ではない。
それでも、闇金から借りる前に相談するべきだった。
一時の恥を避けるために借りた金で、仕事も、信用も、生活も失うことがある。
もしあの日に戻れるなら、俺はスマートフォンで闇金を探す前に、誰か一人にこう言うと思う。
「金のことで困っている。少し相談に乗ってほしい」
たったそれだけの言葉を言えなかったことを、今でも後悔している。






